みやげん自己紹介

初めまして、みやげんです。

「お前誰だよ」だと思うので、
まずは自己紹介をさせていただきます。

1982年生まれ

沖縄県出身

北海道に15年間移住

元小学校教員のフリーランス。

現在、美容室9店舗展開企業の
ホームページ運用&Web戦略担当

基本「やりたいことをやってきた」人間です。

でも、歳を重ねていつのまにか
「やりたくないことをやっている」
自分になっていることに気づき、
体調を壊しました。

だから、

もう1度「やりたいことをやる」人間になるため、
38歳で独立しました。

実績は以下です。

・独立1ヶ月目で25万円の案件獲得
・年商20億円美容室グループのWeb戦略担当
 Instagramコンサルでウェブサイトタップ率3.7倍に
 Googleマイビジネス(グーグルマップ)コンサルで7位を3位に
 ホームページコンサルで検索ボリューム1万のビッグワード
 「県名+美容室」で個別HP1位に
・ブログ2年目で14万2,600円の収益

このブログのコンセプトは

Webスキルで独立です。

なぜ独立の道を選んだのかというと、

金銭的
精神的
時間的
身体的

に自由になりかったからです。

僕の目指すのは

「依存からの脱却」

・給料に依存しない、金銭的独立
・人間関係に依存しない、精神的独立
・組織に依存しない、時間的独立
・体の調子に依存しない、身体的独立

これは、社会と協力しないとかではなく、

自分のコントロールできない分野に振り回されない

という意味です。

この4つの依存から脱却し、独立した人間になるには、
Webスキルを身につけるのが最適だと判断しました。

なぜ、Webスキルが独立に必要なのか?

そう思いますよね。

それは、
現代は、どんな事業もWebを活用しないと生き残れない
からです。

だから、Webスキルをもっていると、
需要が多いのです。

僕の言うWebスキルは、

・ホームページが作れる
・ECショップが作れる
・SNSで集客できる
・ブログで商品が売れる
・ホームページで売り上げが上がる

などです。

がっつりプログラミングで
すごいサービスを作ることではありません。

すごい技術を使った便利なアプリ、
トレンドのかっこいいデザインのサイトは、
大手がやってくれます。

でも、世の中の事業の大半は
中小企業、もしくは個人事業主です。

世界を変えるような、
すごい技術は求めていません。

自分の事業を、
Webを通して発信し、
売り上げをUPさせたいのです。

でも、Webをどのように
有効活用していけばいいのかを
理解している企業は非常に少ないです。

僕は、ホームページ運用を作るだけでなく、
Webを通して、いかに事業の
売り上げをUPさせるかという
マーケティング部門も担当しています。

でも、僕は37歳まで
ただの小学校教員。

商売なんてやったことがなかったです。

でも、Webスキルを身に付けて、
自分のブログでも収入を得られるようになりましたし、
企業のWeb戦略も担当できるようになりました。

自分の裁量で仕事の時間を決め、
自分のやった分だけ報酬が得られ、
自分の考えたことをどんどん形にできる。

組織に依存している時には
考えられなかったことができています。

このブログでは、
僕がどのようにして独立の道を歩んだのか
どんな考えで仕事に取り組んでいるのか、
学校教育を離れたから分かるビジネスの面白さ、
僕が成果を出せたWebスキルのノウハウなどを書いていきます。

ぜひ、興味がある記事から読んでいただきたいです。

僕がどんな人間なのか、
過去の歴史を共有しておくと、
よりブログの意図が理解しやすいと思いますので、
これから、少しばかりこれまでの物語を話していこうと思います。

なぜ教員を辞めたのか

たぶん、聞かれると思うので
先に答えます。

「やめたかったから」

です。

こんな答え、
拍子抜けしますよね。
「そりゃそうでしょうよ」
ってツッコまれますね

でも、とても大事なことだと
僕はとらえています。

言い方を変えると、
「新しいことに挑戦したくなった」
からです

これだとすこし格好がつきますか笑

正直、教員を辞めるのは怖かったです。
15年間これで生きてきましたから。

本当にやめていいのか?
生活は大丈夫?
逃げてるのか?

自問自答を何回したか・・

たぶん、2千回以上しました。

これ、ホントです。

そのくらい怖かったけど、
僕は教員を辞めました。

夢はお笑い芸人だった

いきなり
なんじゃそりゃって感じですかね笑

でも、
大事なことなので話します。

高校時代から、
お笑いが好きすぎて、

毎週NHKの「爆笑オンエアバトル」を
録画してアホみたいに何回も見ていました。

見てるだけでは飽き足らず、
友達と組んで
学校で自分たちのネタを
披露するぐらいハマりました笑

スベることもありましたが
ウケることもあり、
充実した高校生活。

地元のお笑いTV番組にも出演し、
1回戦で負けました笑

まあ、そんなこんなで高校も卒業し

1浪して
教員養成専門学校に通いました。

教員になるのは
「第1志望」でしたので。

嘘です。本当の第1志望は
「お笑い芸人」でした。

心のどっかで

「厳しい世界だ」
「相方がいればな」
「失敗したら恥ずかしいな」

と思っていたんです。

だから、挑戦しなかった。

だから、本当は「第2志望」の
教員になりました。

教員時代には子ども達にも
「昔はお笑い芸人になりたかったんだよ」
と話していました。

ずーーーっと心残りがあるんですよ。

「やってたらどうなってたんだろう」って
しょっちゅう考えました。

いわゆる後悔です。

大体わかってきたかと思うのですが、

「やりたい」って思ったことをやらなかったら、僕は後悔してしまう性格です。

今は、お笑い芸人になりたいとは思っていません。

Webスキルでもっともっと稼ぐ力を
身につけたいと思っています。

教員を辞めた理由は
「新しい挑戦がしたくなった」
からです。

やりたいことをやらない後悔が、
お笑いと合わせて2つになったらキツイって
直感的に思いました。

だから、教員を辞めました。

Webスキルでビジネスをやりたくなったのです。

。。。

逃げたんじゃない?

そんなことを思う人もいるでしょう。

もちろん、
ネガティブな理由もありました。

「逃げた」

その通りです。

でも、それでもいいって思ってます。

人それぞれ感じ方は違うし、
いいよねって言ってくれる人もいると思うし。

そんな感じで
考えることができるようになったので、
このブログも書いています。

ちょこちょこ、
教員時代との考え方の違いみたいなのも
このブログを通して話していきます。

なぜ北海道へ?

これも聞かれます。

まあ、聞かれる聞かれる。

2万回くらい聞かれました(盛ってます)

22歳からの15年間、
僕は北海道で生活していました。

理由は、「行きたかったから」

またかよ!ですよね。
さっきと一緒です。

もう少し具体的に言うと
「沖縄とは正反対の自然の中で
生活してみたかった」
からです。

・・・・・。

なんか、きれいごとばっかりで
オモシロくないですね

本音をいいます
彼女を追っかけたからです。

いやー恥ずかしい。

これ本人に聞かれたらマズいです。

オフレコでお願いします。
(ブログで公開してオフレコて)

実はこの本音には
最近気づいたんです。

当時は、本気で
「正反対の自然に住みたい」
って思ってました。

でも、なぜ今になって
本音に気づけたか。

それは、自分で稼がないといけない環境になったからです。

意味わからないですよね笑

超簡単に説明します。

①稼ぐとはお客様にお金を出してもらうこと

②だから、お客様の本音を真剣に考えて、満足させないとお金は払ってくれない

③そのためには、まず自分の本音に気づくことが大事なんじゃないか?

だから、自分の行動の
本当の本当の本音は何か
って考えるようになりました。

教員を辞めたことで見える世界

最後になります。

このブログのもう1つの思いとして、

「ビジネスの世界を発信する」

というものがあります。

15年間も教員でしたので、
ビジネスに関しては無頓着でした。

僕は独立を決める前まで、
「ビジネス」って聞くと

ビシッとスーツを来て、
会社同士の代表が何回も交渉を重ねて・・
成功すると儲かるけど
失敗したら借金まみれ・・・

なーんて連想していました。
いやー、、なんてあさはかな知識。

我ながら恥ずかしいです。

「Business」(ビジネス)の日本語訳は「商売」

ただそれだけです。

不動産屋は家を売る、
服屋さんは服を売る、
スーパーは食品を売る。

駄菓子屋のおばあちゃんは立派なビジネスウーマンです。

保険もビジネス。「安心」を売っています。

何なら教育もビジネスです。
「知識を教える」という商品を売っているので。

逆にビジネスじゃないものを探す方が難しいのでは?と思います。

僕は、Web制作で稼いでいくと決めてから、
「どのようにしたらお客様の商品が売れるのか」
を考えるようになりました。

なんなら、
「みやげん(←僕のこと)という商品をどうやったら売れるのか」
を考えたのです。

教員時代は考えもしなかったことです。

このように、ビジネスの世界に飛び込んだおかげで
僕はものの考え方が変わり、
見える世界が変わっていきました。

ちょーオモロイですよ。

だから、そこら辺を伝えたくて
「元教員が独立して見た、ビジネスの世界」
もどんどんブログでは発信していきます。

迷い続けた休職期間

そんな僕ですが、教員をやめようと思ったのは、
「適応障害」になったことがきっかけです。

こちら、また追加していきます!

追伸

僕の過去をより深く解説しているのが
下記の記事です。

だから教員辞めました